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   <title>今日もおそロシア</title>
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   <updated>2011-12-18T21:00:02Z</updated>
   <subtitle>ロシアは世界最大ですから～。</subtitle>
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   <title>てんかんについて　4</title>
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   <published>2011-12-18T08:33:32Z</published>
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   <summary>大発作すなわち急に倒れるような発作は普通家庭に居るときや、朝晩などにみられるので...</summary>
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      大発作すなわち急に倒れるような発作は普通家庭に居るときや、朝晩などにみられるので学校でおこることは稀ですが、もし学校でみられたときにはどうすればよいでしょうか。


発作がおこりそうになった時にその場で止める手段は無いので、周囲に危険物があったときは取り除くか、養護教論を呼ぶことになります。


身体を固くし歯をくいしばっているので手を出すことができないのですが、吐いた物を吸い込んだりしないように顔を横にすることが良いでしょう(もしできるなら)。


ケイレン発作をくり返しおこしてくるケイレン重積の状態に陥ることはまず無いので、数分で意識を回復してもとどおりになります。


ときによるとあとでしばらく頭痛を訴えたりします。


一瞬ポーッとしたり、異常動作のようにみえる発作を頻繁におこしたりすることがあることは前に述べましたが、これは普通事故と関係ありません。


生活指導と学校行事としては、プール・運動にどれぐらい参加させられるか、またキャンプや宿泊訓練、旅行などへの参加の可否があります。


これらは心身障害を伴っている場合とそうでない場合、年齢、発作の軽重によっていちがいに決めることはできないのですが、いちおう大発作が頻発するときでなければプールはかまわないものです。


      
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   <title>てんかんについて　3</title>
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   <published>2011-11-12T08:32:47Z</published>
   <updated>2011-11-12T21:00:03Z</updated>
   
   <summary>きわめてきちょうめんでなんでも完全にやり遂げないと気がすまない潔癖な動作のみられ...</summary>
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      きわめてきちょうめんでなんでも完全にやり遂げないと気がすまない潔癖な動作のみられることもあります。


てんかんのもとになっている脳の情報交換組織のアンバランスのために特別な性格傾向を示す場合が全然無いとは言えないにしても・・・


とにかく周囲にいるひとの温い配慮によって偏った性格を助長させないですむようにしたいものです。


行動面では前に述べたように、わがまま・いこじ・多動・乱暴・衝動的行動など目立つことがあります。


しかしこれらのことも成長するに従って良くなっていくものです。


「欠神発作」などで一時動作が止まったり、食事中一瞬間ポーッとして、はしを手から落としたり、集団で行動しているときに独りだけ皆から離れてボーッと立ち止まったりするような異常動作はてんかんによるものです。


教師はそのような場合にわがままとか、自分かっての気まぐれによるものと誤解しないよう注意する必要があります。


教師として心得るべきことに次の3点があります。


「発作」への対応、生活指導上の注意、学校行事への参加です。


      
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   <title>てんかんについて　2</title>
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   <published>2011-10-19T07:32:13Z</published>
   <updated>2011-10-19T20:00:02Z</updated>
   
   <summary>特殊学校・養護学校(精薄)ではてんかんが普通学校よりも多くみられるし、さらに重度...</summary>
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      特殊学校・養護学校(精薄)ではてんかんが普通学校よりも多くみられるし、さらに重度の脳障害児の多く居る施設ではてんかんが高率にみられます。


すなわちてんかんそのものが必ずしも知恵遅れを増加させるわけではないが、知恵遅れの場合にはてんかんが多く発生するということになります。


性格についてはどうでしょうか。


てんかん性性格などという言葉があり士よすが、てんかんに特有の性格があるのだろうか。


結論から先に言うならてんかんが特定の性格をつくり出すものではありません。


しかしもともとてんかんの発作は当人自身にとっても、また親や周囲のひとにとってもやっかいなことです。


時間の長短はあるにしても発作のときには自分で何が起こったのかわからないし、また多くの場合いつ発作がおこるかを適確に予知できないので不安におびえます。


叱ると発作がおきないかと気づかって親もついしつけを手びかえます。


当人自身は周囲のひとの目を出日心識して万事に消極的になるし、また学校行事に参加できないと自分だけ差別されているように感じてしまいます。


このような事情を考えると、どうしても自分を抑制できなくなって突然爆発したりカンシャクをおこして特別な目でみられることになりがちです。


      
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   <title>便秘の人には・・・</title>
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   <published>2011-09-04T01:48:01Z</published>
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   <summary>排便が2～3日に1回と少なかったり、コロコロと便が硬かったり、排便に痛みや困難を...</summary>
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      <![CDATA[排便が2～3日に1回と少なかったり、コロコロと便が硬かったり、排便に痛みや困難を伴っている時、また、おなかが張るなどの症状がある時に便秘症と診断します。


なぜ便秘になるかを排便のメカニズムから考えてみます。


まず食物は胃や小腸で消化され栄養分を吸収さ礼さらに大腸の一部である結腸で水分が吸収され最後に直腸に押し出されて便意を催します。


そこでうまくいきめれば(腹圧をかけられれば)排便が行われます。


この間に、胃に食物が入ってくると反射的に腸の動きが活発になる胃一結腸反射、便が直腸に達した際に腸の壁を拡張する刺激で起こる収縮運動や肛門の弛緩が連動して排便が完了します。


朝食後は特にこれらの反射が起こりやすいので、媚更の習慣をつけるにはとてもよい時間帯と言えます。


ですから<a href="http://www.healthy-one.co.jp/online_shop/detailsfile/chastetree.html" target="_blank">チェストツリー</a>などのサプリを飲み、健康には気を遣わなくてはなりません。


多くの便秘薬が寝る前に飲むわけは、薬の効果が出るまでの時間を考えて、毎朝の軽快な排便を目的とするからです。


野菜嫌いなどの偏食、運動不足、生活リズムの乱れなどは便秘の原因となります。

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   <title>規則正しい生活で健康に</title>
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   <published>2011-08-01T01:47:06Z</published>
   <updated>2011-08-01T20:00:03Z</updated>
   
   <summary>利用者がマスクをしてくれない時には状況に応じて隔離もやむを得ないでしょう。 内科...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bostonhome.info/">
      <![CDATA[利用者がマスクをしてくれない時には状況に応じて隔離もやむを得ないでしょう。


内科医を受診し原因を調べてもらい、咳止めの薬をもらってください。


疾・喘鳴を伴う咳が出るときには、咳止めの薬は避けるべきで、疾をきる薬や気管支を拡張する薬を用います。


いずれも部屋の換気と加湿が保温と同様大切です。


さらに水分の補給は疾を和らげて、気道の分泌を促進して気道の浄化につながります。


一日に1500cc以上の水分が入るようにしたいものです。


番茶、スープ、味lI曾汁、ミルク、スポーツ飲料などがよく、白湯は電解質に乏しく好ましくありません。


このような場合には、<a href="http://www.healthy-one.co.jp/online_shop/detailsfile/chastetree.html" target="_blank">チェストツリー</a>などのサプリを摂るといいでしょう。


排便の状況もまた、健康のよい指標になります。


食欲があり、バランスの良い食事がとれ、十分な水分が入り、昼間の活動と夜間の睡眠が安定してとれるといった、規則正しい生活ができていると、排便も規則正しくあるものです。

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   <title>リビングと育児空間　2</title>
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   <published>2011-07-10T08:26:04Z</published>
   <updated>2011-07-10T20:00:03Z</updated>
   
   <summary>ロフトは、床レベルの差で、居間の一部でありながら、落ち着いたムードをつくることが...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bostonhome.info/">
      <![CDATA[ロフトは、床レベルの差で、居間の一部でありながら、落ち着いたムードをつくることができます。


将来は、書斎にしたり、仕事場にもいろいろ使い道があります。


その際には照明を<a href="http://temponotatsujin.jp/" target="_blank">蛍光灯　激安</a>などにした方が使いやすいかと思います。


和室の場合は、フスマを開放すれば、居間と一体になって広く使えますし、フスマを閉めれば、閉ざされた場所としての落ち着きがだせて融通性があります。


4.5畳以上あれば掘りごたつを切り冬の団らんにも使います。


さて、子供が小学校高学年以上になりますと、居間も落ち着きを取り戻してきます。


しかし、まだ、個室に完全にこもりきりにならず、時々は母親のそばに来たがる時期でもあります。


学校の勉強は、子供部屋より親のそばでやりたがりますし、遊びやおしゃべりも、居間や食堂の方が好ましいものです。


キッチンを対面式にして、カウンターをつくり料理中の母親と話しながら、宿題ができるようにしておきます。


居間はファミリールーム的に考えて、大きなテーブルを置き、ここで何もかもできるようにしてしまうのも一つのやり方です。


母親は、書きものをしたり、アイロンをかけたり、子供は勉強をしたり、おやつを食べたりと、いろいろ使ってみます。

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   <title>道場</title>
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   <published>2011-06-14T04:46:21Z</published>
   <updated>2011-06-30T04:46:58Z</updated>
   
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bostonhome.info/">
      <![CDATA[恐ろしい太元帥明王を本尊とする太元帥法は、醍醐寺理性院にのみ相伝され、ごく限られた者しかそれを知ることができませんでした。


そして、この法は鎮護国家の修法であるから、毎年正月に宮中でのみ行なわれたのです。


文献によれば、その道場は秘密を守るために慢幕で厳重に囲まれる。


道場の中心には息災と調伏を祈る護摩壇がそれぞれ築かれ、さらには聖天、十二天、神供の祭壇が築かれる。


そして、道場の東方には三十六辟目(腕が三十六本ある)、南方には八腎の、北方には四腎の太元帥明王像を安置する。


さらには、虚空蔵曼茶羅、毘沙門天曼茶羅、釈迦曼茶羅を並べ、壇には刀・弓・箭など都合百個の武器を並べる。


このように荘厳された真っ暗な道場で、護摩の炎だけが燃え盛えたといいます。


ところで、占いに行きたいので友人に聞いたら、<a href="http://www.e-aine.com" target="_blank">電話の占いサービス</a>がなかなか良いと教えてもらいました＾＾

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   <title>リビングと育児空間</title>
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   <published>2011-06-12T08:24:52Z</published>
   <updated>2011-06-14T01:49:35Z</updated>
   
   <summary>子供が小さい頃は、家全体が育児空間になってしまいます。 この時期の居間の空間を考...</summary>
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      <![CDATA[子供が小さい頃は、家全体が育児空間になってしまいます。


この時期の居間の空間を考えると・・・


母親が料理しながら、居間で遊んでいる子供が見えるように、オープンまたはセミオープンのキッチンにしておくとよいでしょう。


子供用品の収納には、居間の戸棚の凹部分をあてたり、ベンチの下を引出しやあげぶた式にして収納に使ったり、また、床下収納庫を床に組み込んでしまうなどの工夫をしてみます。


改まった家具はやめて、造り付けベンチや、ベッドにもなるソファーを一つ置くようにする方が利用度が高いでしょう。


照明は<a href="http://temponotatsujin.jp/" target="_blank">蛍光灯　激安</a>などで十分だと思います。


このような時期には、居間に、四六時中子供のおもちゃが散乱してしまい、大人の落ち着ける場所がなくなってしまいます。


たまには落ち着いた所で、ゆっくりくつろぎ、子供ぬきで、夫婦が過ごすことも大切でしょう。


そのような所として、居間の中にロフトをつくったり、和室をつくってみます。


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   <title>てんかんについて</title>
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   <published>2011-05-22T07:31:33Z</published>
   <updated>2011-06-14T01:49:35Z</updated>
   
   <summary>てんかんは知能発達.性格形成・行動異常の発生に関係あるのでしょうか。 ケアをする...</summary>
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      てんかんは知能発達.性格形成・行動異常の発生に関係あるのでしょうか。


ケアをするひとにとってこれらのことはきわめて関心のあることです。


まず知能発達ですが、たびたび大発作をくり返すものでは、どうしても知的活動や学習に支障がおこりやすいのです。


ボヤッとするような発作がときどきおこるなら注意が集中できないのは当然です。


この発作をおさえるために薬を増量するのでますます元気がなくなったり、眠気が増したりします。


このような発作の出方によってはかならずしも知能といわなくても注意力とか集中性とか、学習意欲とかいう点で問題がおこることは避けられません。


しかしごく稀におこる大発作やしだいに良くなっている軽い発作などでは一般に知能に関係ありません。


ときにはきわめて知能の良い例や才能児の居ることも事実です。


昔から優れた文学者や科学者にてんかんを持っていたひとがいます。


しかし逆の見方をするなら、知恵遅れの場合にはてんかんの発生が多いということも言えます。


      
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   <title>科学の教育について考える　10</title>
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   <published>2011-04-17T00:20:57Z</published>
   <updated>2011-06-14T01:49:35Z</updated>
   
   <summary>科学技術は、世の中で起こる問題の大きな要囚です。 科学者・技術者はこれらの問題の...</summary>
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      科学技術は、世の中で起こる問題の大きな要囚です。


科学者・技術者はこれらの問題のいくつかを生み出すのに、そしてその一部を解決するのに間違いなく深く関わっています。


この種の事に自分たちが関係していることについては、科学者の養成期間の間に議論されるべきでしょう。


しかし通常の科学教育(3・7節)は、この人間の条件といった側面を全く無視しています。


この種のことはすべて政治や行政の権威者に任せられ、また将来必要が生じれば、それらについて学ぶことも出来るという姿勢を意味しています。


わたしたちを取り巻いている大問題に対するこの冷たい無関心を擁護することは、もはや道徳的にできません。


STS運動は、科学的知識の増大と、世の中一般で増大しつつある問題との関連を示すことに深い関心を持っています。


      
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   <title>科学の教育について考える　9</title>
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   <published>2011-03-07T01:19:46Z</published>
   <updated>2011-06-14T01:49:35Z</updated>
   
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      自然科学者はこの分野の研究を通して集められた統計データ、定量的情報、記述的分析、解釈仮説などの価値を否定はしないでしょう。


それにも関わらず自然科学者は、これらが科学技術の、あるいは社会一般に関する深い理論に結実しないと主張する十分の理由があります。


自然科学者の経験によると、まだ完全には試され、証明されていない理論の骨組みもある科目を押し付けるよりも、その科目を経験的あるいは現象論的に教える方が危険が少ないのです。


白然科学者は学問の自由と多様性の名において、STS教育を、古い哲学的方法の素朴な合理主義、実証主義にも劣るパラダイムしか持たない社会学の鋳型にはめるのは誤っていると論じるかもしれません。


社会学的アプローチのこの危険性を軽々しく扱ってはなりません。


残念なことに、この世界はエネルギーと人口の危機、資源の枯渇、環境汚染、飢きん、疾病、そして戦争のきざしなどの問題にみちみちています。


『成長の限界』に関する論争で、〔人類に未来はないとする〕最後の審判派に属していないにしても・・・



わたしたちは諾問題を抱えた世界の、一見回復の見込みのない兆候を懸念しない訳にはいきません。


      
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   <title>科学の教育について考える　8</title>
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   <published>2011-02-17T01:19:09Z</published>
   <updated>2011-06-14T01:49:35Z</updated>
   
   <summary>これまでの科学教育の空理空論的な科学至上主義と戦う代わりに、社会学的方法は若干の...</summary>
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      これまでの科学教育の空理空論的な科学至上主義と戦う代わりに、社会学的方法は若干の学生を逆方向をむいた、同様に独断的な宗教に追いやるかもしれません。


教育的見地からすると、学生の科学に対する単純な信頼、技術の方面に進もうという気持ちに挑戦してみるのは悪くないことかもしれません。


しかし、それはこれまでに学んできたことすべてと正反対の事を教えるかのようなコースを通じて押し付けると言うやり方であってはなりません。


この種のカリキュラムはSTS教育を「妥当こ科学技術の教育の主流から切り離してしまう効果も持っています。


このことは価値のない、全くご都合主義的な反対のように見えるかもしれません。


しかしほとんどの自然科学者は社会学の知的な主張に対して幾分懐疑的です。


多くの賢い、考え深く心の広い学者、教師、活動家たちは、この学問の、より一般的な論理の理論的妥当性や実用的有効性に対して深い疑念を抱いています。


      
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   <title>科学の教育について考える　7</title>
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   <published>2011-02-07T01:17:59Z</published>
   <updated>2011-06-14T01:49:35Z</updated>
   
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      過去においては、わたしたちは科学論的問いに対する権威ある解答を、もっぱら科学哲学者たちに頼っていました。


今やわたしたちは理科の学生を科学社会学者に引き渡して、さらに深くつっこんだ答を得させることによって理科生の教育を深めるべきであるように思われます。


STS教育の社会学的アプローチは、抽象、原理としてまったく正当です。


しかし実際にこれを実行するのは難しいでしょう。


未来の科学者、技術者が社会学的思考形態へ自然に傾むくなどと言うことは、彼らの哲学愛好と同じくらいありそうにもない話です。


科学社会学の用語、概念、研究結果は、哲学者のそれ同様に日常生活から遊離しているように思われます。


大学の先生たちには、物事の基本的な事柄を犠牲にして、学生たちを深遠な、まだ解決されていない難問、例えば、マートンの規範をどのくらい尊重すべきか、研究プログラムはどのくらい直接的に外部的力によって規制されているか・・・


見えない大学は相互引用のネットワークで定義できるかといった問題に引きずり込む逆らいがたい傾向があります。


実際、これらの論争のあるものは極めて込み入ったものであるため、価値負荷的であり、また最終的には解決不能であるため、これらは無邪気な学生を極めて馬鹿げた状態・・・


つまり科学的知識はすべて極めて相対的で疑わしい(他のどんな知識に対して相対的で、またいったい誰によって疑わしいとされるのでしょうか？)と言う考えに追い込んでしまいます。


この種の立場は、哲学的独我論や全面的懐疑主義と同様、形式的な議論によってくつがえされないという点では教育的であります。


しかし、一たび知的な真空へと展開されると、その馬鹿馬鹿しさや危険性は反対の立場を取る実証哲学者に劣りません。


      
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   <title>科学の教育について考える　6</title>
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   <published>2011-01-17T01:16:40Z</published>
   <updated>2011-06-14T01:49:35Z</updated>
   
   <summary>すべてのレベルで、研究チームから一国の政府に至るまでの人間のグループの行動に関心...</summary>
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      すべてのレベルで、研究チームから一国の政府に至るまでの人間のグループの行動に関心を払わねばなりません。


この種の事に対するわたしたちの思考のいくつかは、今でも「リーダーシップ」、「忠実」、「チームワーク」、「あつれき」といった人間関係に関する伝統的な言葉で進めることが出来ます。


しかし、今日ではこの種の事を学術的社会学や類似の学問から引っ張ってきた「規約」、「役割」、「イデオロギー」、「目標の移動」こといった概念抜きで真面目に議論することは難しくなりました。


またこの種の学問に正式に基礎を求めることなしに、科学社会学のより進んだ学問研究を著しく進めることも不可能です。


従って、STS教育は研究のプロセスに関連する社会学的概念の入門から始めるべきです。


その後研究開発(R&amp;D)システムはもっぱら社会学的見地から研究されるべきであると主張するのはごく自然の成行きです。


もし基本的な科学理論が社会学的なものであれば、科学は社会学の言葉と概念によってのみ適切に表され得ます。


もし学生が科学の本質を理解すべきであるとすれば、彼らはこのさらに厳密な用語によってのみ定式化できるような洞察に近づくすべを与えられなければなりません。



      
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   <title>科学の教育について考える　5</title>
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   <published>2011-01-07T01:15:41Z</published>
   <updated>2011-06-14T01:49:35Z</updated>
   
   <summary>最近の動向は、哲学から,離れて、より社会学的な方向を指向しています。 研究の過程...</summary>
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      最近の動向は、哲学から,離れて、より社会学的な方向を指向しています。


研究の過程の現代的なモデルは、大学での科学、研究開発(R&amp;D)システムの範囲の中で制度と共同体に重きを置いています。


STSのテーマは、科学あるいは技術だけではなく、社会全般に関わるようになってきました。


多くの学者の意見によると、基本的科学論の分野として、社会学は哲学の代わりを務めるようになっています。


これまでのべたことすべてから言えることですが、これはきわめてもっともな見解であると思われます。


伝統的な科学哲学が、この問題の認識論的、個人的面に重きを置き過ぎ、かつ、その集団的な現象論とその社会的影響をほとんど無視してきたことはたしかです。


社会科学の一般的方向からのアプローチは、研究開発(R&amp;D)システムの最も重要な要素や関係のいくつかにすぐに行き着くのです。


見えない大学の内部構造の正確な研究から、知識の社会学の最も細かい注釈まで、また科学の権威の道徳的ジレンマから研究開発(R&amp;D)官僚組織の決定機構に至るまで・・・


社会的、経済的、政治学的、心理的問題はすべてのSTSのテーマに浸透して行きます。


現代科学の教育には、大変な量の社会的考察を必要とします。


      
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