科学の教育について考える 9

自然科学者はこの分野の研究を通して集められた統計データ、定量的情報、記述的分析、解釈仮説などの価値を否定はしないでしょう。


それにも関わらず自然科学者は、これらが科学技術の、あるいは社会一般に関する深い理論に結実しないと主張する十分の理由があります。


自然科学者の経験によると、まだ完全には試され、証明されていない理論の骨組みもある科目を押し付けるよりも、その科目を経験的あるいは現象論的に教える方が危険が少ないのです。


白然科学者は学問の自由と多様性の名において、STS教育を、古い哲学的方法の素朴な合理主義、実証主義にも劣るパラダイムしか持たない社会学の鋳型にはめるのは誤っていると論じるかもしれません。


社会学的アプローチのこの危険性を軽々しく扱ってはなりません。


残念なことに、この世界はエネルギーと人口の危機、資源の枯渇、環境汚染、飢きん、疾病、そして戦争のきざしなどの問題にみちみちています。


『成長の限界』に関する論争で、〔人類に未来はないとする〕最後の審判派に属していないにしても・・・

わたしたちは諾問題を抱えた世界の、一見回復の見込みのない兆候を懸念しない訳にはいきません。

科学の教育について考える 8

これまでの科学教育の空理空論的な科学至上主義と戦う代わりに、社会学的方法は若干の学生を逆方向をむいた、同様に独断的な宗教に追いやるかもしれません。


教育的見地からすると、学生の科学に対する単純な信頼、技術の方面に進もうという気持ちに挑戦してみるのは悪くないことかもしれません。


しかし、それはこれまでに学んできたことすべてと正反対の事を教えるかのようなコースを通じて押し付けると言うやり方であってはなりません。


この種のカリキュラムはSTS教育を「妥当こ科学技術の教育の主流から切り離してしまう効果も持っています。


このことは価値のない、全くご都合主義的な反対のように見えるかもしれません。


しかしほとんどの自然科学者は社会学の知的な主張に対して幾分懐疑的です。


多くの賢い、考え深く心の広い学者、教師、活動家たちは、この学問の、より一般的な論理の理論的妥当性や実用的有効性に対して深い疑念を抱いています。

科学の教育について考える 7

過去においては、わたしたちは科学論的問いに対する権威ある解答を、もっぱら科学哲学者たちに頼っていました。


今やわたしたちは理科の学生を科学社会学者に引き渡して、さらに深くつっこんだ答を得させることによって理科生の教育を深めるべきであるように思われます。


STS教育の社会学的アプローチは、抽象、原理としてまったく正当です。


しかし実際にこれを実行するのは難しいでしょう。


未来の科学者、技術者が社会学的思考形態へ自然に傾むくなどと言うことは、彼らの哲学愛好と同じくらいありそうにもない話です。


科学社会学の用語、概念、研究結果は、哲学者のそれ同様に日常生活から遊離しているように思われます。


大学の先生たちには、物事の基本的な事柄を犠牲にして、学生たちを深遠な、まだ解決されていない難問、例えば、マートンの規範をどのくらい尊重すべきか、研究プログラムはどのくらい直接的に外部的力によって規制されているか・・・


見えない大学は相互引用のネットワークで定義できるかといった問題に引きずり込む逆らいがたい傾向があります。


実際、これらの論争のあるものは極めて込み入ったものであるため、価値負荷的であり、また最終的には解決不能であるため、これらは無邪気な学生を極めて馬鹿げた状態・・・


つまり科学的知識はすべて極めて相対的で疑わしい(他のどんな知識に対して相対的で、またいったい誰によって疑わしいとされるのでしょうか?)と言う考えに追い込んでしまいます。


この種の立場は、哲学的独我論や全面的懐疑主義と同様、形式的な議論によってくつがえされないという点では教育的であります。


しかし、一たび知的な真空へと展開されると、その馬鹿馬鹿しさや危険性は反対の立場を取る実証哲学者に劣りません。

科学の教育について考える 6

すべてのレベルで、研究チームから一国の政府に至るまでの人間のグループの行動に関心を払わねばなりません。


この種の事に対するわたしたちの思考のいくつかは、今でも「リーダーシップ」、「忠実」、「チームワーク」、「あつれき」といった人間関係に関する伝統的な言葉で進めることが出来ます。


しかし、今日ではこの種の事を学術的社会学や類似の学問から引っ張ってきた「規約」、「役割」、「イデオロギー」、「目標の移動」こといった概念抜きで真面目に議論することは難しくなりました。


またこの種の学問に正式に基礎を求めることなしに、科学社会学のより進んだ学問研究を著しく進めることも不可能です。


従って、STS教育は研究のプロセスに関連する社会学的概念の入門から始めるべきです。


その後研究開発(R&D)システムはもっぱら社会学的見地から研究されるべきであると主張するのはごく自然の成行きです。


もし基本的な科学理論が社会学的なものであれば、科学は社会学の言葉と概念によってのみ適切に表され得ます。


もし学生が科学の本質を理解すべきであるとすれば、彼らはこのさらに厳密な用語によってのみ定式化できるような洞察に近づくすべを与えられなければなりません。


科学の教育について考える 5

最近の動向は、哲学から,離れて、より社会学的な方向を指向しています。


研究の過程の現代的なモデルは、大学での科学、研究開発(R&D)システムの範囲の中で制度と共同体に重きを置いています。


STSのテーマは、科学あるいは技術だけではなく、社会全般に関わるようになってきました。


多くの学者の意見によると、基本的科学論の分野として、社会学は哲学の代わりを務めるようになっています。


これまでのべたことすべてから言えることですが、これはきわめてもっともな見解であると思われます。


伝統的な科学哲学が、この問題の認識論的、個人的面に重きを置き過ぎ、かつ、その集団的な現象論とその社会的影響をほとんど無視してきたことはたしかです。


社会科学の一般的方向からのアプローチは、研究開発(R&D)システムの最も重要な要素や関係のいくつかにすぐに行き着くのです。


見えない大学の内部構造の正確な研究から、知識の社会学の最も細かい注釈まで、また科学の権威の道徳的ジレンマから研究開発(R&D)官僚組織の決定機構に至るまで・・・


社会的、経済的、政治学的、心理的問題はすべてのSTSのテーマに浸透して行きます。


現代科学の教育には、大変な量の社会的考察を必要とします。

科学の教育について考える 4

抽象化と論争にはまり込まないためには、科学哲学を経由するSTS教育は、極めて速やかに拡大されなければならず、強く良く守られたフロンティアを通って、他の学問分野に広げられなければなりません。


また大学での哲学は、道徳的問題が目だってくる社会との実際的接点に達して初めて、研究開発(R&D)のより技術的な側面について論じるようになるのでしょう。


STS教育は科学の本性の理論の上に築かれなければなりません。


議論をより社会的な面に拡張しようと試みる前に、科学の学習の伝統的中心・・・


十分に確立された科学理論の哲学的分析に近い点にまず集中することについて、いろいろ語らなければなりません。


残念ながら科学哲学は、教育の一般的需要にそれほど容易には適合しない極めて特殊な科目です。


存在と実在、確実さと疑いに関する厳しい論理的、懐疑的な方法に大きな満足を見いだせる理科系の学生はごく僅かです。


大多数の学生はこういったことを深く考えようとはしないで、哲学的な議論という洗練された喜びを、重要な現実性から遊離した、ひどく不毛な論理の細切れだと見なしてしまいます。


もしSTS教育に対するこの種の試みがなされるべきものとすれば、この種の問題は、学者ぶった綿密さにこだわらず、単純で直接的な言葉で扱われるべきでしょう。


現実世界の現実問題の解決に関連することが示されるべきです。

科学の教育について考える 3

残念なことに、科学哲学の通常のカリキュラムは、この種の問題に対して適切な教育を施しているとは必ずしも言えません。


科学哲学者は実証主義者、帰納論者の壁を砕いて、はるかに広い領域におどり出ました。


しかし、依然として、実際の研究とはあまり関わりのないいくつかの伝統的な問題にもっぱら取り組んでいるのが実状です。


・・・例えば、心理学のように厳密さの少ない学問での方法論的な困難といった問題よりは、理論物理学の数学的論理構成といった仮説的存在の状況に、より多くの注意が向けられるべきであるとされています。


解析は狭い公理の枠組みに限定されることが多く、そこでは論理的に理想化された証明のほうが、よりゆるくつくられた理論的体系の中での証明よりは、はるかに強い説得力を持っているとみなされるのです。


科学哲学は、物理学(自然学=自然哲学)が未だに至高の位置を占める素杯な科学主義の、やや手の込んだ修正版に陥りやすいのです。


・・・実際、科学のモデルの別の面に馴染んだSTS教師にとって、科学を純粋に哲学によって規定するといった後戻りはあり得ません。


このモデルの科学論的基礎は、認められた意味に於て哲学的であるのと同じように心理学的であり、社会学的です。

科学の教育について考える 2

何世紀にもわたる、学問の境界にまたがる連続があるために、やや当惑したその親よりも大きく、輝かしく成長した哲学の子供に過ぎないかのように、科学史を描く事も出来る・・・


そういった哲学を通した科学論へのアプローチを取れば、確立された知識、原理の確固とした基礎、研究計画、理論的洞察、妥当な教材、経験を積んだ教師を求めるのに、古くからの学問領域に依拠することが出来るでしょう。


しかし、科学哲学を教えることが、STS教育の日的達成にどれだけ貢献するのでしょうか?


理科系の学生が科学的知識と、他の信念を区別するのが何かについて、はっきりした考えを持っていることは、極めて大切です。


何処まで、そして何故科学を信じるべきかという認識論的挑戦は、正に基本的です。


STS運動の主要な目的の一つは、すべての科学が、そして科学だけが完全無欠であると主張する科学主義と、またすべての科学知識は疑わしく、不らちであるとする反科学主義のニ者択一しかないという考えから脱却することです。


このジレンマが実は無邪気なものだということは、科学的知識の知的性格、科学的妥当性の判断基準、科学の諸分野の状況、観察と実験、推論と理論、議論と証明の役割についての研究によってはじめてわかります。


・・・以上の点のいくつかは、科学の特定の分野を教える際に引用される例が、極めてはっきり示してくれます。


しかし、基礎的知識としても応用の面でもこういった点がごく一般的なことであることを示すのが、研究における学際性の使命の一部です。

科学の教育について考える

多くの大学や工専で、小さな科学史、科学哲学の学科ができ、理学部、工学部の多数の一般学生に対する初等コース開講の見返りとして、自らの専門的な研究を進めるように奨励されています。


自由主義的な傾向を持つ、伝統的な科目の理科教師の意見によると、この種のコースは、正式に学問的な文脈で、科学について語るべきことのすべてを教えます。


STS教育の支持者にとって、科学研究の哲学的アプローチは、教育効果上著しい利点があります。


「妥当な」科学から離れて他の方向に進むよりは、より幅広いカリキュラムに向かって、この昔ながらの手がかりを追求した方がはるかに容易であるように思われます。


学問的な立揚に立っても、これは妥当な見解であると思われます。


・・・言うまでもなく科学は知識の有機体であり、記録された文献に誰もが接近できるし、卓越した合理性と客観性を持っています。


これらの特質はアカデミックな哲学の最良の伝統による、論理的分析、批判の対象となります。


その上、現在科学的な解答があるような多くの問題が、かつては哲学者の関心の的であったこと・・・


あるいは多くの現代科学理論が、未だに未解決の難しい哲学的問題を投げかけたことはよく知られています。


能取岬にて

北海道の能取岬。


最近は札幌ツアーなどのように、能取に行くツアーもあるようですね。


私はこの岬が大好きです。


岬には白黒だんだらの灯台があります。


この海にせり出した岬の草地は牧馬の国ですから、ここに出入りするには、木戸を開けたりしめたりして通らなければなりません。


海に突き出た草原にはハマナスや鈴蘭、ハクサンチドリなどが群落をつくっていて、訪れる人に、濃霧のために盲いる日のことや、吹雪の狂う冬の日のことなどを物語ってくれます。


また、晴れた日には遙か東には、朝日ののぼってくる知床の山々が眉のように青く、落日の沈むあたりにはオホーツクの汀線が、雲波にかすんではるかです。


この岬の岩礁には夏でもここを去らないアザラシが戯れていて、人々の姿がまばらな秋になると、数百頭の群れをなして、ゴーゴーと海鳴りのようにのどをならしながら、何かをうったえつづけています。


岬へ来る途中には水族館のあるニツ岩というところに、今でも漁夫たちが何かを祀る太い注連縄がまきついています。


昔ここに魔神が住んでいたのを退治するために、エペタムという人を食い殺す妖刀を投げつけて退治しましたが、投げつけた妖刀はそれきり取りに行けないのが、いつか蛇になってしまったので、今もこの岩に蛇が多いといわれています。

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